記事番号: 1-6920
公開日 2009年02月26日
平成20年度浦添市中学生平和交流団が作成した
「平和のメッセージ」を紹介します。
平和のメッセージ
浦添中学校 2年 田港 朝知、高良 紗加
「原子爆弾」
この一つの弾によって、たくさんの人々が、亡くなった。
子供から大人、老人まで年齢かまわず死んでいった。
長崎、広島じゅう、悲しみと苦しみにあふれていた。大切な人を失い、自分の家も失い。もう、自分に見えるのは、人々の死体。聞こえるのはたくさんの人の、うめき声。
もし、私がその場にいたら、そこに立っていられなくなるだろう。
しかし、今は違う。周りにいるのは、私の大切な人ばかり。原子爆弾という怖い弾も落ちてこない。「幸せ」、「平和」という言葉が、今の日本には当たっていると思う。人々は、昔の苦しみや悲しみを、乗り越えて生まれ変わり、幸せという道に進んでいった。
そして、今。私たちは、とても幸せである。この幸せが、これからも、ずーっと続けばいいなと思う。そして、この幸せを世界に日本が広めていけたら、いいと思う。これからは、平和と幸せという種を、世界中にまいて行こう。
平和への日々
仲西中学校 2年 横田 弘光、宮里 七海子
63年前、おろかで、残酷で、あってはならない『戦争』があった。
罪のない人々・・・
動物・・・
建物・・・
自然・・・
一瞬にして何もかもが消えていった・・・
あの『戦争で』・・・
戦争は本当に、この先あってはならない。
いや、永久にあってはならないことだ。
だから、僕たちは永遠に『平和』な暮らしができる日々を、築き上げて行かなければならない・・・平和な日々を・・・
今もどこかで起こっている争いを僕らの手で終わらせ、差別が無く、毎日楽しい会話を友達としたり、遊んだり。
僕らが今日も『幸せ』だったなと思う日々が送れることを祈りながら・・・
平和のメッセージ
神森中学校 2年 石原 勇大、銘苅 葉月
63年前、ここ長崎の地に、人間の手により一つの原子爆弾が落とされ、何万人という尊い命が失われました。
しかし、そのできごとは、まだ戦争体験者の心に深い傷として残っています。
私たちの住む、沖縄のたくさんのおじぃ、おばぁの心の傷と同じです。
だから、このようなことがまた起こらないように、戦争体験者から色々な当時の話を聴き、それを私たちは、次、そのまた次の世代へと受けついでいかなくてはなりません。
それが、現代(いま)に生きる、私たちの使命だと思うからです。
そのためには、私たち一人ひとりが思いやりをもって、人に接し、そして、命を大切にしていくことなのです。
平和のメッセージ
港川中学校 2年 金城 貴大、糸数 真子
「戦争は二度と繰り返してはならない。」
この言葉は、世界中の人々が思っている気持ち、願いです。
63年前、罪もない世界中の人々の尊い命が亡くなりました。
そして、今、私たちは命の大切さを、平和学習として学んでいます。
誰かが平和を守ってくれるわけではありません。平和を守っていくためには、私たち一人ひとりに大きな責任がある、と私たちは今、考えるようになりました。
沖縄は住民を巻き込んだ地上戦が行われ、たくさんの人が犠牲になりました。また、日本軍による集団自決の強制についての記述の削除のことなど知りました。
私たちは過去を学び、現在の世の中の状態に耳を傾け、責任を持って平和のために行動していかなくてはなりません。
平和とはなんだろう。戦争だけでなく、いろんな事件が報道されるなか、私たちは命の大切さ、普通に生活できる幸せに、感謝の気持ちを持ってこれからも生きていきたいです。
「二度とあの悲惨な戦争を起こさないために」
「争いごとのない社会、心の痛む事件のない社会のために」
みんなで協力して、平和を祈り続けていきたいです。
平和のメッセージ
浦西中学校 2年 宮城 宏次郎、棚原 奈江
あの悲惨な戦争は、もう、二度とあってはならないことです。
「平和」
平和を保ち続けることは、人々が平和についてもっと考えることだと思います。
唯一地上戦のあった沖縄では、今も、たくさんの傷跡が残っています。
戦争により、罪のない人までもが巻き込まれ、尊い命が奪われました。
戦争は、もうあってはいけないと思います。
これから、いつまでも平和であることを願って。
長崎市の原爆落下中心地の碑、平和祈念像前にて、「平和のメッセージ」を朗読しました。