記事番号: 1-9380
公開日 2015年09月16日
平成27年度 中学生平和交流事業
平和集会
本市では「平和都市宣言」、「核兵器廃絶宣言」の二本の柱を軸に、この精神を高め広げていくため、中学生平和交流事業を実施しています。
県内外での平和学習を通して、未来を担う中学生が戦争の悲惨さや平和の尊さを学び伝えていくことを目的としています。
今年は終戦70年。この事業も今回で節目となる20回目を数え、今年も10人の団員たちが長崎市を訪れ、原爆資料館見学、原爆犠牲者慰霊式典への参列、青少年ピースフォーラム参加など、原爆の実相を学び戦争のない社会をどのように実現していくかを考えました。
第1回事前研修 宜野湾・浦添戦跡巡り
ガイドさんから説明を受けました
報告:仲西中学校2年 高橋信光・神谷優歌
はじめのビデオ学習では、戦時中の小湾の映像を見ました。多くの住民が戦争に参加させられ犠牲となったことや、日本兵から酷い差別を受けたことなどを知り、戦争は、人としての理性を失わせる怖いものだと強く感じました。
浦添・宜野湾戦跡めぐりでは、嘉数高台公園内にあるトーチカなどを見学し、平和ガイドの方から第一防衛陣地でのアメリカ軍との攻防戦の状況について説明を受けました。
浦添の前田高地は、現在は自然豊かでとても穏やかな場所ですが、戦時中は激戦区となってしまい、多くの人命が失われた場所でした。私は、戦争は悲しさや憎しみしか生まないものだと感じました。
第2回事前研修 南部戦跡巡り
平和の礎を見学しました
報告:港川中学校2年 赤嶺寿弥・喜友名杏樹
南部戦跡巡りでは、首里司令部壕、ナゲーラ壕、平和祈念資料館や平和の礎などを見学しました。壕では薬剤不足により麻酔無しの手足の切断が行われていたと聞いてとても衝撃を受けました。また、ひめゆり祈念資料館では、実際に学徒隊だった方の声を聞くことができました。「周りは血の海だった」「手榴弾で自ら命を絶つ人もいた」などの言葉に、戦争は肉体的にも精神的にも人を追い詰めるものであったと痛感しました。
平和の礎では、刻名の多さに圧倒され、同時に悲しみで胸が苦しくなりました。どれだけ沖縄戦が残虐なものだったのか思い知らされました。轟の壕では、戦時中の壕の中での辛い生活を想像しながら、まっ暗闇を体感しました。
僕は、多くの住民を苦しめ色々なものを奪ってしまう戦争は二度とおこしてはならないと強く思いました。
長崎戦跡巡り・青少年ピースフォーラム
グループでの意見交換の様子
報告:神森中学校2年 善明龍盛・安仁屋なつ
長崎戦跡巡りでは、山王神社の片足鳥居や被爆クスノ木など原爆によって多くのものが奪われた爪痕を見学し、改めて戦争の恐怖を感じました。永井隆記念館では、病床にありながらも生涯にわたり奉仕し続けた永井隆博士の隣人愛と平和への思いに感動しました。
青少年ピースフォーラムでは、全国の生徒と交流しながら原爆の実相を学びました。被爆者体験講話では、被爆時の人々の様子や、世界から核兵器をなくすためにはどうしたらいいかなどをお話してくださいました。私は「戦争は、財産や命を奪うだけではなく、生き残った人の心に大きな傷を与えてしまう」という言葉が特に印象的で、人々を苦しめる核兵器は、この世に絶対あるべきではないと心から思いました。
フィールドワークでは、「平和な世界をつくるために」というテーマのもと、私達が平和と感じた時や恒久平和が続くためにはどうしたらよいかをグループで意見交換し発表しました。
恵の丘長崎原爆ホーム訪問
被曝体験を語る河上シヅ子さん
報告:浦添中学校2年 平良太鵬・多和田 萌
被爆者講話では河上シヅ子さんからお話を聞きました。「原爆は、本当に一瞬の出来事。あっという間に全て無くなってしまった」「外を歩くと死体がゴロゴロ、人は水を求めて死んでいった」と語りました。また白血病やがんを発症しないかという不安やもう原爆のことは忘れたいのに忘れることができない辛さは70年たった今でも変わらないと涙ながらに語ってくれました。ホームでは、語り部の方が高齢で年々減少し、お話を聞くことが難しくなっているとのことでした。
私たちは今回話を聞くことができて貴重な時間を過ごすことができ、このお話を周囲に伝えていかなければならないと感じました。これからは、ホームに掲げられていた「知る」「伝える」「繋げる」の三つのキーワードを胸に刻み、学んだことを伝えていきたいです。
平和集会・平和祈念式典
平和集会
報告:浦西中学校2年 宮里奏大・宮里 雅
祈念式典では、被爆70年とういうこともあり多くの参列者がいました。式典で印象深かったのは、被爆者合唱です。
合唱団は皆70歳以上で中には95歳の方もいましたが、高齢とは思えないほどの美しい歌声から平和の想いが強く伝わってきました。2回行った平和集会では、平和の願いを込めて自分達で作成した平和のメッセージを朗読し、千羽鶴の献呈を行いました。私たち一人ひとりが平和の尊さを深く考え、次の世代へと永遠に伝えていかなければならないと思いました。平和な時代に生まれ、今がどんなに幸せかを感じなければならないと思います。
一人ひとりの命を大切に、一日一日を大切にし、お互いの気持ちを理解し合い思いやりの心を持ちたいと思います。もう二度と戦争がおこらないよう世界の平和を願い、私たちにできることから始めていきたいと思います。
アフガニスタン研修員から学ぶ世界の状況
研修員のシャウィッドさんとシェリフさんによる講話
事後研修では、日本だけではなく世界の状況を知るため、JICA沖縄国際センターのプログラムで来日しているアフガニスタン研修員に、アフガニスタンの状況について講話していただきました。紛争前、紛争時、そして紛争後の復興の様子を写真を見ながら学びました。紛争で学校の校舎が破壊されたため、屋外で授業を受ける子どもたちや治安が悪化したため難民となって国外に逃れる住民がいたことを知り、改めて平和の大切さを感じました。
宮崎県日向市との交流
當山全弘さんの疎開体験者講話とグループワーク
戦時中、浦添国民学校(現在の浦添小学校)の疎開先だった宮崎県日向市から中学生平和交流団が来沖し、8月19日に交流会を開催しました。交流会では、疎開体験者講話を聴いたあと、疎開体験者を交えたグループワークを行いました。
グループワークでは、中学生が当時の状況について質問し、疎開時に困ったことや日向市での生活の様子を聞き取りました。体験者から直接話を聞くことにより、より深く疎開について学ぶことができました。